傘と貴方と雨の中

雨ですね。季節の変わり目は憂鬱になりがちです。

実際、季節の変わり目にはうつ状態になる人が増えることがわかっています。うつ病のサブタイプの一つ、季節性情動障害(Seasonal Affective Disorder)略称SADです。キャッチーで覚えやすいですね。

雨音はショパンの調べと歌った歌手もおりましたが、雨の音に耳を澄ませてノスタルジアに感じ入るも良し、「雨に唄えば」を口遊みながら部屋で踊ってみるも良し。せっかくの雨の日、楽しんでいきましょう。

ジーン・ケリーいいなぁ…

 

GLEE版も嫌いではないですが、個人的には本家の方が好き。 

 

今日は「普通って何だろう?」という普通のテーマを、普通より掘り下げて書くという普通の記事にしようかと思っていたのですが、気が変わりました。

 

ということで、今日は「雨に唄えば」について。こういうものは流れに乗って書いてしまった方がよくなる気がします。

 
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 映画「雨に唄えば(SINGIN' IN THE RAIN)」は、1952年に公開されたアメリカのミュージカル映画です。冒頭に貼った、ジーン・ケリーが雨の中で歌い踊るシーンはあまりにも有名ですね。

あらすじをミュージカルから引用させて頂くと

映画スターのドン・ロックウッドと大女優のリナ・ラモントはスター同士のカップルと世間でもてはやされていた。しかし実際はリナが一方的にドンを追いかけているだけで、美人だけれども演技は下手、しかもわがままで思いこみの激しいリナにドンはむしろうんざりしていたのだった。そんな折、ドンはパーティに行く道すがら、駆け出しの女優キャシーと出会い、恋仲に。


やがてハリウッドにはトーキー映画の波が押し寄せ、ドンとリナの新作サイレント映画も急遽トーキーにすることになる。だが、リナは大変な悪声であり、トーキー映画には不向きであった。当然ながら試写会は大失敗。そんな映画を公開するわけにはいかないと危機感を抱いたドンとその親友コズモ、そしてキャシーの三人は、映画をミュージカルに作り変えることを思い立つが、リナの声をどうするかが問題となり…

 

曲だけでなくストーリーも面白いので、見たことのない方は是非一度ご覧になってみてください。

 

一応、サイレントとトーキーについて説明を。一度自分で書いたのですが、より詳しく解説している記事があったので引かせていただきます。引用続きで申し訳ないですが…

その昔、「活動写真」と呼ばれていた「映画」。その名のとおり、映画は動く写真だった。動く写真に、声を付ける技術などまだなく、映画が誕生した1888年から世界初のトーキー『ジャズ・シンガー』が公開される1927年までの約40年間、すべての映画はサイレント映画だった。

 

 映画館内に音楽を流したり、フルオーケストラの伴奏付きで上映が行われたり、日本では活動弁士という職業が誕生し、饒舌(じょうぜつ)に映画の内容を解説することもあったが、基本的にサイレント映画から発せられる情報は、視覚からの情報のみ。登場人物のセリフや思いを直接伝える手段としては、挿入字幕(インタータイトル)があったが、それも物語の進行を中断してしまうため、そう頻繁に入れられるわけではなかった。音声を使わずに登場人物の思いをどう伝えるか、いかにして観客を飽きさせないようにするか、そうしたことを突き詰めていくことで、サイレント映画は成熟し芸術的に優れたものへと進化を遂げていった。

 

 サイレントは喜劇王チャールズ・チャップリンなどが有名ですね。一度映画館で観てみたいものです。

 

話を戻しましょう。

僕はこの映画の主題歌(上に貼ってあるやつ)が大好きです。タップダンスは真似事しかできませんが、雨の日にはよくこの歌を歌っています。歌詞を抜粋してみると

 

I'm singing in the rain
Just singing in the rain
What a glorious feelin'
I'm happy again
I'm laughing at clouds
So dark up above
The sun's in my heart
And I'm ready for love

 

何とも素直で素敵な響きがありませんか?憂鬱な気分を優しく吹き飛ばして、幸せな気持ちにさせてくれます。「I'm ready for love」はかっこよすぎるので反則ですが。

 

雨に唄えば」には、件のシーン以外にも素敵な場面がたくさんあります。

たとえばこれ。

 

 ドナルド・オコナーの天衣無縫っぷりが最高ですね。これが天才か。この映画の成功は、ケリーとオコナー、二人の天才がいてこそのものだったのでしょう。

 

 

長い文章の最後には、賢そうな言葉が似合います。

「雨を嫌うか、雨の中で踊るか、私たちは選択することができる」

 

では、また次回!